大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)1089号 判決

控訴人 許炎亭

被控訴人 三隆金属工業株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並に証拠の提出援用認否は、控訴代理人において「仮に原審で主張した抗弁が失当とするも、控訴人は次のとおり反対債権を有するので、之を以て本件約束手形金債権とその対当額において相殺の意思表示をなす。即ち、控訴人は肩書住所において貿易商を営むもので、業界でも極めて信用のある商人である。ところが控訴人は本件控訴申立後、昭和二九年一一月一七日原判決に基く仮執行の停止決定を受け、その正本は同月一八日被控訴人に送達せられたに拘らず、被控訴人は之を無視して原判決に基く仮執行として、控訴人がその取引銀行に当る信用組合大阪華銀に対して有する債権について大阪地方裁判所に債権差押及び転付命令を申請し、同月二五日その命令が発せられ、同月二七日控訴人及び右第三債務者に送達された。併し之は強制執行停止決定のあることを知りながら大阪地方裁判所に欺いてなした不法行為であるから、之により控訴人の被つた損害は当然賠償しなければならぬところである。而して凡そ商人は信用を生命とし金融機関より必要資金を借入れ、之により初めて莫大な取引をなし得るのに拘らず、右差押のため今後右取引銀行からの借出しを抑制される可能性のあること及び従来の同銀行との取引状況を考えると精神的物質的損害は金五〇万円を超えるものである。よつてこの損害賠償債権を以て対当額において相殺の主張をなす。尚被控訴人の後記主張中執行文付与、保証金供託、差押転付命令申請及び保証を立てたことの証明書謄本送達の各日時の点はすべて認めるがその余は否認する」と述べ、被控訴代理人において、「右主張の内、強制執行停止決定の申請、及びその送達の事実、債権差押並に転付命令の発布及び送達の事実はいずれも認めるが、その余は否認する。被控訴人は昭和二九年一〇月二七日原判決に対し執行文の付与を受け、同年一一月一二日保証金九万円を供託した上同日大阪地方裁判所に債権差押に転付命令の申請をなしたのであつてその後の手続の進行は専ら同裁判所のなすところであつて、被控訴人が之に関与する余地はない。而して民事訴訟法第五二九条第二項によれば執行が保証を立てることにかかるときは、債権者が保証を立てたことについての公正の証明書を提出し且その謄本を既に相手方に送達したことを執行開始の要件としているのであるから、債権差押及び転付命令の送達以前に、この手続がとられることにより強制執行開始の予告をしなければならぬのであつて、債務者が強制執行停止決定をとつた場合之を提出する裁判所の窓口も之により予め知らされるわけである。ところが控訴人は同月一六日右証明書の送達を受け、翌一七日強制執行停止決定を受けたに拘らず、之を右執行裁判所に提出することを怠つたため、同裁判所は同月二五日債権差押及び転付命令を発し同月二七日その正本が送達されるに至つたのであつて、被控訴人が不法行為の責任を負うべき何等の理由もない」と述べた〈立証省略〉

ほかいずれも原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

被控訴人主張の請求原因事実は当事者間に争がないから、先づ控訴人の悪意の抗弁について考える。原審における証人松川登代、市野三郎、当審における証人松川登代及び控訴人本人の各供述を綜合すると本件各手形が控訴人主張のような契約に基いて振出されたものであるが、受取人市野は右契約に基く売渡物件の引渡を履行しなかつたため、控訴人が手形金の支払を拒絶した事実を認定するに十分であるが、被控訴人がかような事実を知つて各手形を取得した事実は右各証拠によつても未だ之を認定するに足りず、却つて原審証人市野三郎、当審証人石井祿郎の各証言を綜合すれば被控訴人の善意であつたことが認められるから、右主張は採用できない。

次に相殺の抗弁について考える。被控訴人が昭和二九年一〇月二七日原判決に基く仮執行のため執行文付与を受け同年一一月一二日保証金九万円を供託した上同日大阪地方裁判所に債務者たる控訴人の第三債務者である訴外信用組合大阪華銀に対し有する預金債権につき債権差押並に転付命令の申請をなしたところ、同月一六日控訴人に対し右の供託のあつたことの証明書謄本が送達され、次で同月二五日前記預金債権に対し差押並に転付命令が発せられ、同月二七日債務者及び第三債務者に送達があつた事実及びこの間控訴人においては同月一七日当庁において上訴に因る強制執行停止決定を受け翌日この決定が被控訴人にも送達された事実はいずれも当事者間に争のないところである。以上の事実関係について、控訴人は被控訴人が強制執行停止決定の送達を受けながら、之を無視して大阪地方裁判所を欺いて差押並に転付命令を受けたのであつて民法上不法行為を構成すると主張するのであるが、被控訴人において右命令の申請をなしたのは前記のとおり停止決定のあつた以前のことに属するのであるから、この申請をなしたこと自体にはもとより何等の不法もなかつたと謂わぬばならない。既に債権者より執行機関に対し強制執行の申立があつた以後において強制執行停止決定があつた場合債務者が之を執行機関に提出して執行の停止を求むべきであつて債権者において之を提出してさきに申請した強制執行の続行されるのを阻止すべき義務があるものではない。従つて本件において控訴人が強制執行停止決定を申請して之を得た以上自ら之を執行機関に提出すればよいのであり而も控訴人は右停止決定申請の前日執行裁判所である大阪地方裁判所から、被控訴人が仮執行のための担保を供したことの証明書謄本の送達を受けたのであるから、之により停止決定を提出すべき執行機関も明白で何等疑問の余地はなかつた筈である。勿論被控訴人にも同停止決定が送達されたのであるから、若しその後において、先に申請した強制執行の続行に関与するなどの積極的な行動に出でたような場合には、もとより不当執行として損害賠償の義務を免れないけれども、本件のごとく債権差押及び転付命令を申請した場合にはその後の手続は裁判所のみの行うところであつて何等被控訴人が執行に協力するような余地はないのであるから、単に被控訴人においてその後の執行手続の進行を阻止しなかつたというだけでは不当執行の責任を之に帰することはできない。従つて控訴人の相殺の抗弁もすでにこの点において失当と謂うほかない。

従つて控訴人に対し本件約束手形金合計二八万円及之に対する各満期日の後である昭和二八年四月二五日以降完済迄手形法所定年六分の利息の支払を求める本訴請求は全部正当として認容すべく、之と同趣旨の原判決は相当で本件控訴は理由がない。仍て之を棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 朝山二郎 山崎寅之助 沢井種雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例